フランスで触れた、
仕事も遊びも大切にする生き方

伊東さんが料理の道を志したのは、高校生の頃。友人に誘われて参加した調理師専門学校のオープンキャンパスがきっかけだ。
「そのとき作ったのが、トマトとバジルの冷製パスタでした。それまでオリーブオイルを食べたこともなかったし、知らない食材や料理用語ばかりで、とにかくすべてが新鮮。料理人の方たちが生き生きと働いている姿も格好よくて、一気に興味を持ちました」
専門学校ではフランス料理とイタリア料理を学び、卒業後はフランスへ。半年間、美食の街として知られるリヨンで料理を学び、その後はアルザス地方のレストランで研修を経験した。
そこで、料理の技術と同じくらい印象に残ったのは、現地の人たちの仕事とプライベートに対する姿勢だったという。
「厨房では厳しく、みんなプロフェッショナル。でも仕事が終われば和気あいあいとしていて、休日には家族とゆっくり過ごす。オンとオフのメリハリがしっかりしていて、オフの時間をきちんと楽しむことが、また仕事に向かう活力になっているように感じました」
帰国後は都内のフレンチレストランなどを経て、高円寺のイタリアンレストラン「IL DOGE」へ就職。山に登るようになったのも、その頃だ。
「オフは仕事のことを一旦忘れて、山で思い切り遊ぶ時間を大切にしています。なかでも山で食べるご飯は楽しみのひとつで、神奈川・鍋割山で食べた鍋焼きうどんのおいしさに感動してからは、自分でも作るようになりました。
パスタやタコス、餃子鍋、すき焼きなどを仲間に振る舞ったことも。『おいしい』と喜んでもらえるのは本当にうれしいし、それが今の店の原点となっている気がします」
山の心地よさを、
自然と感じられる店づくり

IL DOGEで働くようになってから、山で知り合った人たちが伊東さんに会いに店を訪れるようになった。そんな交流が続くなか、伊東さんは退職し、自分の店を開くことを決意する。
「山で知り合った人たちとのつながりが絶たれてしまうのは寂しい。それなら、みんなが集まれる場所を自分でつくればいいんだ。そう思ったんです」
2025年、高円寺に「Urban Hütte Koenji」をオープン。店名にある“Hütte”は、ドイツ語で山小屋を意味するものの、山小屋を模した内装やメニューなど、わかりやすく山を演出しているわけではない。
「山好きのためだけの店にはしたくありませんでした。アウトドアをしない人にも来てもらいたいし、料理を食べて、ここで過ごす時間が日々のご褒美になったらうれしいなって。
僕が山を通じて人の温かさに触れたことや、山のなかで感じた心地よさ。そういう温度を、自然と感じてもらえる店でありたいなと思っています」
モノを選ぶ基準は、
大切な人をもてなせるかどうか
山や旅へ出かけると、伊東さんは決まって道の駅や農産物直売所に立ち寄り、その土地ならではの食材を探す。実際に味わい、気に入ったものを店の料理に取り入れることもあるという。
たとえば秋には、鹿や猪といったジビエに、動物たちが山で食べる木の実をイメージしたソースを合わせることも。八ヶ岳周辺で手に入れた野菜を、ムースやピクルスに仕立てることもある。
オープン当初から扱っている「8Peaks BREWING」のクラフトビールも、八ヶ岳への旅で出会ったものだ。伊東さんはその味わいに惹かれ、八ヶ岳山麓にある醸造所まで足を運び、購入するビールのラベル貼りも体験したという。
「瓶内二次発酵という製法で、瓶の底には酵母がたまっているんです。上澄みのクリアな部分をそのまま飲むのと、酵母を混ぜるのとで味わいが変わるのがおもしろい。八ヶ岳の稜線を表現したラベルや、地元の方言を商品名にしているところからも土地への愛を感じます」
料理だけでなく、それを盛り付ける器にもこだわりが。
「前の店の近くに、民藝などを扱う『MOGI Folk Art』というショップがあって、そこのバイヤーの方と知り合ったんです。もともと民藝には興味があったので、彼に陶芸家の方を紹介してもらい、益子に何度か足を運びました」
現在、店では益子焼や美濃焼を中心に使っている。
「焼き物は、人の手が加わることで一つひとつ違う味わいが生まれるのがいいですよね。料理を盛ったときに、その一皿がより魅力的に見えたり、お客さまに少し豊かな気持ちになってもらえたり。そういう器を選びたいと思っています」

店内にも、伊東さんが自ら足を運んで選んだ素材が随所に使われている。
床に敷いたのは、鎌倉の築80年の古民家で使われていた古材。植物をあしらった照明には、長野県・原村に暮らす友人から紹介してもらった八ヶ岳の伐採業者を訪ね、自ら持ち帰った木を使った。壁は左官職人に依頼し、木と相性のいい南仏を思わせる土壁に。テーブルや収納棚の木材も材木店や加工場を巡って探したという。
「カウンターも、寿司屋さんのように整然としたものではなくて、あえてうねりや癖のある木を選びました。きれいに整いすぎたものより、木そのものの表情が感じられるほうが、そこにいる人も自然体でいられる気がするんです」
こうしたもの選びに共通するのは、できる限り自分の目で見て触れて、確かめること。
「僕にとってお客さまへ料理を提供することは、友達や家族をもてなす感覚と同じなんです。だからこそ、安心できるもの、自分が心からいいと思えるものを丁寧に選ぶことは、ずっと大切にしたいですね」
「挑戦したい」が
生まれる場所に
店の中央には、大きなテーブルが置かれている。ひとりで訪れた人も、仲間とやってきた人も一緒に囲み、会話を交わせるように考えられたものだ。
伊東さんは店内で交わされる話に耳を傾け、居合わせた人たちに共通点がありそうだと感じれば、さりげなくトスを出すこともある。いわば、山好き同士をつなぐキューピッド役だ。
「常連のお客さまと、同じく店に来てくれていた山岳ガイドの方をつないだところ、一緒に山へ行くようになったと聞きました。店に来たことをきっかけに、お客さまのやりたいことがひとつ、ふたつ増えたらいいなと思っています」
これまで、店ではアウトドアブランドとのポップアップや、高円寺を走ったあとに食事を楽しむランニングイベント、イラストや写真の展示なども開催してきた。雲ノ平を中心に登山道や木道の整備・保全に取り組む「雲ノ平トレイルクラブ」の活動報告会を開いたこともある。
「活動報告会は、第2回もやりたいですね。登山道の整備や保全活動について知ってもらって、興味を持った人には『実際に手伝ってみませんか?』と声をかけられる。そんな機会になったらいいなと思っています」
広がっていく、
山の楽しみ方
誰かの新たな一歩を後押しする一方で、伊東さん自身も、店を訪れる人たちから新しい楽しみを教えてもらっている。
山で写真を撮るようになったのも、店で知り合った人から一台のカメラを譲り受けたことがきっかけだ。
「写真を始めて、山の楽しみ方はずいぶん変わりましたね。これまでのようにピークハントにこだわらなくなったし、以前なら通り過ぎていたものにも目が向くようになった。人の写真を見て『どうしてこの人はこの視点から撮ったんだろう』と考えるのもおもしろいです。ピントを合わせるのに奮闘している時間すら、今は尊く感じますね」
さらに最近は、トレイルランニングや、より長い距離の縦走にも挑戦。
「お客さまに勧められたことをきっかけに、山を走り始めたんです。大会出場を目指してトレーニングをしたり、店で知り合った方と八ヶ岳全山縦走をしたり。以前より広い範囲で山を楽しめるようになりました」
人とのつながりが、
店を育てていく
「結局、僕の店づくりは、人とのつながりでできていると思うんです。
自分のスタイルは持ちつつ、そこから大きく外れない範囲で、遊びを取り入れられる余白と柔軟さは持っていたいですね。来てくれる人たちが、店にアクセントやスパイスを加えてくれることもあるので」

そんな伊東さんの頭の中は、すでに「次にやってみたいこと」でいっぱいだ。
「トークイベントや活動報告会も続けたいですし、高尾の奥のほうで餅つき大会をやりたいという話もあります。自分だけでは思いつかないアイデアをもらうことも多いので、『それ、おもしろそうだね』と思ったら、一緒に形にしてみたい。そうやって、この店から新しい楽しみが生まれていったらうれしいですね」








