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認識と想像力。山の安全のプロが伝えたいこと
島田和昭 山の安全講習

 

2019.03.20

「僕自身が無茶をしていた反動もあるのかもしれませんね」

安全登山に力を入れている理由を聞くと、島田和昭さんはちょっと照れくさそうに言った。
島田さんは現在、ガイド業の他に、同志社高校、大学の山岳部コーチを務め、登山関係で日本唯一の国の機関である「国立登山研修所」でも15年以上講師を続けている。この「国立登山研修所」は、研修や情報提供などによって登山事故の防止を目的とするもので、富山県警、長野県警、自衛隊、消防隊、そして大学の山岳部なども講習を受けに来る場所だ。

いまの島田さんにとって、安全に山を登るというテーマは切ってもきれない関係だ。しかし、自身が若かった頃は、それこそ安全とはほど遠い登山を繰り返していた。

「高校時代はお米と味噌とヤス(魚を突くモリ)だけ持って山に籠もったり、コンパスも持たずに沢を遡行してみたり、長靴で11月の北穂高岳に登ったりしていました。いまの自分が見たら、完全にお説教対象のヤバイ奴ですよ(笑)」
安全な登山を伝えるということに意識を向け始めたのは、登山用品店で働き出してから。

「販売店でお客さんを接客している時に『売るだけでは、安全面まで伝えるのは難しい』と感じはじめたんです。アイゼンやピッケルの使い方をお店でいくら説明しても限界があります。一言にピッケルと言っても、状況によって使い方などは大分変わってきますからね。それなら実際に一緒に行って『こういう場合、こういう理由で、ピッケルをこういうふうに使います』というようなことをやったほうが効果的なんじゃないかと。それがガイドになったきっかけですね」

ガイドとして独立した当初から、いわゆる連れて行くだけのガイドではなく、研修的なガイディングがしたいと考えていた。

「大事にしているのは、考え方ですね。危険回避のための意識の向け方など、どちらかというとソフト面。お客さん自らが、好みの登山の方向に、安全に進んでいけるような、そんなガイドです」
道具、技術、ルートなどを教えてくれる場はそれこそたくさんあるが、島田さんがやろうとしている安全面という部分に注力している人は少ない。その理由は伝えることの難しさにあるのかもしれない。

「山の安全で大事だと僕が考えるのは、認識する力と想像力です。例えば休憩中。上に浮いてそうな石があった時。そこに居て大丈夫ですか? と聞くと、その時初めて上の石の存在に気付くんです。それでは遅いんですね」

それから想像力です、と島田さんが続ける。

「例えば、小さな石があるとします。手に持ってみたら大したことがないように見えるんですが、これが山に登っているときに落ちてきたら、当たり所が悪ければ死んでしまうくらいに危ない物体なんですね。この前、雪洞を掘る講習をやったんですが、上部のリスクを観察していた人は7人中2人しかないかった。どんなに素晴らしい雪洞を掘れたとしても、その場所自体が危なかったら、まったく意味がないんです」

危ないものをきちんと認識できて、さらに想像力を働かせて、ビビリと呼ばれるくらいに慎重に。それぐらいで丁度いいのだ。

「例えばクルマの運転でも一緒なんですよ。見通しの悪い十字路に差し掛かったときに、もしかしたら人が飛び出してくるかもしれないと思えるかどうか。この“危なそう”と“かもしれない”は、安全登山においてはとても重要です」

都会だと安全は与えられるものという印象だ。様々なシステムによって我々は守られている。しかし山においては、安全は自分で担保するしかない。

「それは災害にも通じることで、いま防災キャンプというものをやっています。テントを張って寝床を確保して、薪を集めて焚き火をして、簡単な料理を作る。それに加えてファーストエイドや、搬送の方法なども覚えてもらいます。それをやっていて言われたのが『自分でけっこうできるんですね』という言葉」

自分自身が、緊急時にどのくらいのことをできるのかを認識する必要性。山を登るためのテクニック以前に、山で生活できる知識が重要なのだ。雪で水を作る、テントを飛ばされないようにきちっと張る、生活道具すべてを自分で用意して、それを正しく使えるようになる。

「山で生きるというところに立ち帰って伝えるべきなのかなと思っています」

そんな話の後、彼の事務所からクルマで10分ほどの六甲山の麓へ向かう。
そこでツェルトの張り方やロープの結び方などの簡単なレクチャーをしてもらった。

「当たり前なんですけど、道具は持っているだけでは意味がありません。正しく使えてはじめて安全を担保してくれる存在になるんです」
この日の島田さんのバックパックの中身。ロープやカラビナ、スリングなどの確保系に加えて、ツェルト、エマージェンシービビィなど保温系。そして浄水器も常備している。常になにがどこにあるか分かる状態にしておくことが重要。
例え日帰り登山の時でも、緊急避難用として用意しておくと良いのが軽量のツェルト。わずか230g程度の重量で、山での安全性を確実にアップしてくれる。
枝が折れて落ちてこないか? 落石や滑落の心配はないか? 風の通り道になっていないかなど、ツェルトを立てる前に、付近の安全性を確認する。
トレッキングポール1本で立てる場合は、片側を木にしばるなどして工夫する。いろんな条件、立地で立てられるよう、あらかじめ練習しておく。
雨風をしのげる簡易的なシェルターの完成。山での低体温症は命に関わるので素早く立てられることも重要。万が一ペグなどがなくても、枝や石を利用することで対応可。

次は岩場を登ってみてくださいと言う。

「自分の靴がどこまでなら滑らないか、というのはなんとなく経験で分かってくると思います。でも逆に、どこまでやったら滑るのか? それを知っている人はあまり多くないんですね。それをこういう安全なところで確認しておく。こういう考え方はとても大切だと思います」
意識を向けること。想像力を働かせること。それこそが島田さんが考える安全な登山に必要な重要スキルだ。
「山の安全って、実社会にも活かせるはずなんです。プランニング能力や、リスクマネジメント。それこそ命が掛かってきますから、シビアさはかなりのものです。学生を指導することも多いんですが、そういうことを今の若い世代に伝えて行くということ、いわゆる「野生感」のようなものを取り戻して欲しいと思っていることも、僕が山の安全に注力している理由のひとつです。だから今度はもっと社員研修とか、そういう方面にも力を入れて行きたいなと思っています」
私が考えるズールの良さ
「ズール」は本当に良く出来たバックパックだと思います。背面の汗抜けの良さは熱中症対策として効果的ですし、ウエストベルトやショルダーハーネスの工夫で、身体と一体になったようなフィット感があるので、バランスを崩しやすい岩稜帯などでロープをさばく時などにも安心感があります。
あとは全体の形状。底が箱型になっていない。これって「地面に置いたら転がるでしょ?」と嫌がる人もいるんですが、僕としては逆で、この形状によって底の方にシュラフなど軽いものを入れて、上に重いものを入れやすいから、適切な荷重分散をしやすいというメリットを感じます。ハイキングモデルとして注目されている「ズール」ですが、もう少しテクニカルなシーンでこそ本領を発揮するんじゃないかと思っています。つまり基本性能が高いんですね。
Text:TAKASHI SAKURAI Photograph: MASAOMI MATSUDA