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憧れのアンナプルナへ。8,000m峰への挑戦
岩田京子 あきらめなければもっと楽しい

 

2023.06.27

アウトドアビギナーから経験者までを山歩きの世界へ誘う、登山ガイドの岩田京子さん。国内での登山ガイドとしての活動とは別に、タンザニア・キリマンジャロやロシア・エルブルース、エクアドル・チンボラソなど、添乗員として海外の高所登山ツアーにも携わっている。また、トレッキング以外にもマウンテンバイクやスノーボード、フィッシングなどさまざまなアウトドアアクティビティ・イベントの企画・運営に関わってきた経験から、幅広いターゲットに外遊びの醍醐味を伝えてきた。

そんな岩田さんがプライベートで挑戦しているのが、8,000m峰の登頂だ。

「狙っているわけではないんですよ。チャンスがあって、タイミングが合えば……くらいの気持ちで。だって、8,000m以外にもいい山、素敵な山はたくさんありますから」

とはいえ、世界にたった14座しかない8,000m峰の世界が特別であることは確か。なにせ、一つのチャレンジに時間がかかるし、お金もかかる。装備も身体も仕事のスケジュールも、準備万端に整えなくてはいけない。だから挑戦しがいがあるし、登頂できたときの達成感は格別だ。

これまでにチョ・オユー、マナスル、チョモランマ(エベレスト)、ローツェと4座に登頂した岩田さんが、今年向かったのはアンナプルナⅠ峰。アンナプルナはネパール・ヒマラヤの中央におよそ50kmにわたって連なる山塊で、主峰のⅠ峰は標高8,091m。世界第10位の高峰だ。
「標高自体は8,000m峰のなかでは高くありませんが、よく登られる北斜面は雪崩の頻発地帯、南面は氷と岩の大岩壁!ということもあり、8,000m峰のなかでは登頂者数が極端に少ない山になっています」
ずっと心に残っていた山
ロングトレイルに興味を持った時期にアンナプルナサーキットというロングルートがあることを知り、情報収集をしていたという岩田さん。プライベートで訪れる機会にはなかなか恵まれなかったものの、偶然にも海外添乗員の仕事でチャンスが巡ってきた。

「そのときにアンナプルナのベースキャンプ(南壁側)で目にした山容がずっと心に残っていた」という岩田さんは、少しずつこの山との距離を縮めてきた。これまでは8,000m峰のなかでも比較的チャレンジしやすい山を選んで登ってきたけれど、「キラーマウンテン」とも呼ばれるアンナプルナは各段に難易度が上がる。

コロナ禍が収束しつつあった今年、タイミングにも恵まれてようやく実現したアンナプルナへのアタック。3月17日に日本を発ち、天候予備日を含めて40日間の遠征である。
「その前に高所登山のトレーニングとしてアルゼンチンのアコンカグアに登りました。昨年末のことです。高所登山はパンデミック前となる2019年以来でしたから、高度に対する不安があったんです。アコンカグアでは装備満載の荷物を担いで6,961mを登れたし、身体も勘を取り戻せたようだった。晴れて3月の出発にこぎつけることができました」

岩田さんにとって久々のヒマラヤ遠征だったが、今年はネパールのどのエリアも降雪量が多く、登れないまま時間が尽き、敗退するパーティーも多かった。岩田さんも天候予備日を使い果たし、後がない状態に追い込まれた。
「アンナプルナは商業登山が盛んではないので登山者の数が圧倒的に少なく、事前のルート工作が大変なんですね。今年はなかなか天候が安定せず、現地のガイドさんがフィックスロープ(安全確保のため、危険箇所にあらかじめ設置しておくロープのこと)を張れない日が続きました。一時はこのまま敗退かと思いましたが、彼らは諦めなかった。ベースキャンプで10日ほど待機していたら、この後の数日間だけは天候が安定しそうという好機が訪れたんです。『このチャンスしかない!』というタイミングでフィックスロープを張ってくれ、ギリギリで登頂することができました」
実際に登頂して実感したのは、想像以上の難しさ。雪崩を常に警戒しながら、踏ん張る足場もないなかで垂直の登攀も多かった。実際に近くで雪崩に遭遇したときは、地響きのような崩落の音と爆風のような雪崩風、真っ白な霧に包まれたようなチリ雪崩を体験した。

「雪崩が起きた瞬間を目撃し、『あ、まずい!』と思ったら、その30秒後に雪崩風に襲われました。30秒で心の準備をし、互いの体をロープで繋いだ現地のガイドさんとうずくまってどうにかやり過ごしました。身の危険を感じるほどではなかったけれど、ここは雪崩の巣なんだって実感しました」

滑落や死亡事故も目にしたという。
「私は記録狙いではないので酸素を使うつもりでしたが、8,000m峰の中では標高が低い山ということもあり、無酸素登頂を試みる登山者も少なくないんですね。無酸素でアタックしている登山者の中には、体の順化がうまくいかずに途中で降りてしまった方、凍傷になってヘリで下山して病院に直行した方、なかには亡くなった方も……。下山時にクレバスに滑落してしまい、無線で救助を呼ぶ声も耳にし、あらためてここは危険な山なんだと、認識を新たにしました」
難しいときこそ、基本に忠実に
いままでにない難しいルートで感じたのは、「基本に忠実であること」の大切さ。特別に難しいことではなく、当たり前のことを当たり前にやり続けること。それが、今回の遠征の学びだという。

「夜8時半に最終キャンプを出発してから翌午後2時過ぎにキャンプに戻ってくるまで、行動時間がおよそ19時間にも及び、集中力やコンディションを維持することが大変だったんです。日の出前の冷え込みも厳しく、手足の指がもげたんじゃないかと思うほど。集中力が途切れそうなそんなときにこそ、正しく動く、体調維持に努める。ここは難しいなと感じた時こそ、集中して深呼吸をして、自分の体をコントロールする。そういう当たり前に立ち返ることが重要でした。これはヒマラヤの高所だけでなく、すべての山に当てはまることです」
また、すべての山に当てはまる鉄則といえば、「事前に情報収集をすること」、「集めた情報からイメージをすること」も大切だ。本やネットをあたってリサーチし、どんなルートなのか、どこが難しいのか、どういう装備が必要になりそうか、きちんとイメージをする。岩田さんの場合、イメージできることがゴーサインの証し。今回の遠征も、イメージできたから決行した。逆にイメージできない場合はなにかしらのピースが欠けているということだから、行かないという判断を下す。イメージするとはつまり、山で死なないための準備といえるだろう。
たくさんの山の経験を、登山者のみんなと共有したい
帰国後はSNSや報告会を通じて、8,000m峰登頂の得難い経験について積極的に発信している。苦労したこと、得られた学び、行程での失敗、面白かったこと。岩田さんの飾らない語り口もあり、8,000mというはるか高みの世界のできごとを身近に感じさせてくれる。そして、自分も目標とするあの山をがんばって登ってみよう、そんな気にさせられる。

こうした経験を通じて岩田さんが伝えたいのは、あきらめずにがんばってみませんか?というメッセージだ。

「私はもともと脚立に上がれないくらい高いところが苦手で、おまけに富士山5合目で体調が悪くなるくらい、高所がダメでした。何が苦手か、どうすれば怖くなくなるか、自分なりに分析を重ねて解決法を編み出し、怖さの原因を一つずつ潰してきたんです。そうしたらだんだん怖さがなくなって、8,000mにチャレンジできるまでになりました。自分でダメだと決めつけるとその先のチャレンジは難しくなります。けれどもネガティブをポジティブに変えていく要素を探していったら、山も人生も、もっと楽しくなるはずです」
重さを感じさせないフィット感
グレゴリーに対し、“ロングトレイル向き”というイメージを持っていた岩田さん。自身が高いところを攻めるよりも長く歩き続けることが好きということもあり、兼ねてから親近感を抱いていたそう。その後、知人を通じてグレゴリークルーに就任。そうしてフィールドで使うようになったのが、ディバとアルピニスト。8,000m峰や海外の高山に限らず、日本国内の山々でも愛用している。

シンプルな造りに、必要にして十分な機能を詰め込んだアルピニスト。
軽量ながら耐久性のある素材で作られており、8,000mという高所でも“頼れるパートナー”としての本領を発揮してくれた。

「多くのメーカーがUL(ウルトラライト)にシフトしており、私のツアーに参加してくれるお客さまの間でも、軽量のバックパックが欲しいという方が多い。けれども長く歩く、重いものを担いで歩くと考えると、バックパックの軽さはマイナスになることがあります」

重量よりも意識してほしいというのは、なによりもフィット感。フィット感がよければ荷物の重量そのものを感じづらくなるからだ。

「フィット感の良さをもたらす要素はいくつかありますが、まずはヒップベルトやショルダーハーネスのパッドの仕立て。UL系のバックパックはパッドが薄いことがほとんどですが、薄いパッドで長時間行動すると肩や腰骨が痛くなることも。私もパッドの薄いバックパックを背負っていて、ヒップベルトで太ももの神経が圧迫されて痺れが起きたことがあります。また、バックパックの生地の厚さも重要です。薄いと中の荷物がゆれやすくなったり、荷物に偏りが生じやすくなったり、そのどちらも重量以上の負荷を感じる原因になるんですね。その点、ディバはハーネスの位置や造り、背中の開き具合もよく考えられている。確かに重量がありますが、それを感じさせない。背負ってみるとその良さを実感するんです」
「それからアルピニストのようなシンプルな造りも私好み。荷物を中に全部しまえる構造で、必要にして十分な機能がバランスよく備わっている。アルピニストにはミニマルな良さがあります」

バックパックになにを選ぶか。バックパックは山歩きにおける快適さを左右するといっても過言ではないほど、重要な装備だ。岩田さんも、自身のツアーに初めて参加する人にはバックパックのレクチャーを行い、背負い方やハーネスの締め方、パッキングなどを詳細に説明している。

「快適な道具を選び、正しく使えば、いつもの山がもっとラクに、楽しく感じられるかもしれませんよ」
Text: RYOKO KURAISHI