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「生きる力」を総動員して自然と向き合う
島田和昭 山で通用する“自分のものさし”を作ろう

 

2023.08.22

島田和昭さんは、長野県の安曇野市をベースに活躍する山岳ガイドだ。北アルプスを中心に、北海道の利尻岳から屋久島まで、全国のバリエーションルートを中心にガイドする島田さんが、山行において一貫して掲げるテーマが「安全登山」だ。通常のガイド業に加え、講習登山や研修登山に取り組み、登山事故を未然に防ぐ情報発信を担う「国立登山研修所」の講師を務めるなど、山にまつわる安全啓発活動を幅広く行なっている。
「私が主にガイドしているのは、登山靴で行けるバリエーションルート。北アルプスのメジャーどころでいうと、槍ヶ岳・北鎌尾根、北穂高岳・東稜、前穂高岳・北尾根、横尾本谷・右俣、左俣などになります。『自分のリスクは自分でコントロールする』というのが登山の基本ではあるものの、ロープワークが問われるような登山においては1つのミスが死に至るケースもある。ノーマルルートの登山に比べると、リスクレベルがぐんと上がります。そんなとき、そのリスクマネジメントをプロガイドに任せられるのが、ガイド山行のメリット。ノーマルルートの山行は自分たちで行うけれど、バリエーションルートはガイドに任せよう、そういう思考の方たちが私のガイド登山に参加してくれています。想定以上のリスクケアをガイドに任せるという割り切りができる分、慎重で安全意識が高い登山者といえるでしょう」
プロフェッショナルが考える登山の魅力
「国立登山研修所」では登山家やガイドに向けて講義を行うが、そんなときプロフェッショナルである彼らと「登山の魅力はなにか?」という議論を交わすことがある。島田さんが考える登山のおもしろさとは、「知らない場所で、状況に合わせた的確な判断を問われること」。自分の経験やスキルをベースに的確な判断を下し、体の動きをコントロールして難しい局面を乗り越える。とりわけバリエーションルートでは、隠れたリスクを読み取って、即座に、かつ冷静に判断を下すことが必要になる。そこで問われるのは高い技術、冷静さ、そして並外れて高い経験値。言うなれば「心、体、知」という「生きる力」を総動員して自然と向き合うわけだ。

「困難なルートを目指し、自分をコントロールしながらリスクを乗り越える。その先で味わえる充実感は刺激的です。普通の登山を味噌汁とごはんに例えるなら、バリエーションルートはハレの日の外食、でしょうか。味噌汁とごはんもありがたいけれど、たまにはとっておきのフレンチにも足を運んで、その刺激を日々のモチベーションにしたい 。同様に、ガイドを伴って味わうスペシャルな体験もまた、次の山行のモチベーションになるのではないでしょうか」
ガイド山行で得られるもの
ガイドとともにバリエーションルートに臨むことで得られるメリットは、刺激だけではない。たとえば、ガイドがさまざまな判断を下す様子を間近で目にすることで、周囲をよく観察するくせがつく。風の向きを感じ、雲の動きを見て、足元に注意を向け、潜在的なリスクを読み取るのだが、これはノーマルルートの山行にも大いに役立つのだ。

「道迷い、滑落、転倒といった、報道されている山の事故は防げるものがほとんど。山での安全とは、自分の体調を把握し、周囲をよく観察し、自分で自分をコントロールできて始めて得られるもの。では、その安全を担保するのはなにかというと、個々のセンスだと思うのです」
センスというのはつまり、動物的な本能、あるいは自然の変化を感じる能力とも言い換えられるだろう。風の方向が変わった、突然、風が冷たくなった、黒い雲が上がってきた、川の音が急に大きくなった、同行者の顔色がおかしい、というように、さまざまなシチュエーションのなかに違和感を感じるセンスである。そのセンスが足りていないと、SNSの情報などを判断基準にしてしまう。山でいちばんマズイのは、第三者のデータや判断に囚われてしまうことなのだが。

「では、なにを基準に判断を下すのが正しいか?ベースとなるのは、自分で作ってきたデータです。気温、標高差、斜度、荷物の重さ、路面のコンディション、さまざまな状況におけるデータを蓄積して自分なりのものさしを作っていくのです。そのものさしの精度が、自分をコントロールする判断材料の確かさにつながるといえるでしょう」
“自分のものさし”を養う第一歩は、地図をみること
山行に欠かせない“自分のものさし”を作るために島田さんが勧めるのが、ホームの山をつくり、その山でトレーニングを行うこと。低山でもいいので身近な山に入り、地形図を見て地形と地図を合致させる訓練をする。道中の風景をよく観察する。ボッカで体力をつける。こうした一連の行動により、山の基礎ができていく。

「最近は地図アプリのGPS精度が高まり、紙の地図を持たない人も多くなりました。けれども、それはカーナビで運転するようなもの。カーナビのなかった時代、ドライバーは交差点、商店、ランドマークなど場所の特徴をイメージし、現場と合わせるという作業を頭のなかで行ってきました。カーナビが出てくると、道中を観察しなくなり、ただ漫然とハンドルを握るようになりました。地図アプリも同じです。大きな地図を見ていると、ここは落石注意箇所だなとかここは道迷いしそうなポイントだ、といった情報が入りますが、地図アプリを使っているとルート以外に意識を向けなくなります。一般登山道ならいいですが、バリエーションルートや冬道と夏道が混在する残雪期の場合、周囲の情報からその先の行動を決断する必要に迫られることがあります。アプリに頼っていて周囲の情報を読み取れず、道迷いしたケースも少なくありません。

地図を見るのはプランニングの意味もあります。大きな地図を見ながら入山口、目指すポイント、下山口の位置関係を把握する。その上でプランニングするとエスケープルートも見えてきますし、次の計画を立てやすくなります。大きな地図を見て計画を立てることは山での強さに繋がるといえるでしょう」
衣食住を担いで歩ける体力づくりを
もう一つ、島田さんが懸念しているのは、最近の登山者の体力が落ちてきていること。この30年で山の道具は劇的に進化を遂げ、一気に軽量化が進んだ。1泊2日のテント泊装備といえば25kgを超えることもザラだったが、いまや10kg程度に抑えることも可能である。けれども荷物の重さが半分になった分、登山者の体力も相応になっている……そんな風に感じるのだ。

「道具が便利に、軽量になっても山の事故が減ることはありませんよね。体力が落ちてきているにも関わらず、過去のデータを基に『行ける』という判断を下している、そんな慢心があるのかもしれません。また、コロナ禍を経て山小屋に泊りづらくなっている昨今、『通常なら一泊二日の行程を日帰りで行ってしまおう』というような、無理な日帰り志向が山の事故につながっている可能性もあります」

安全に山を登り、下山するためには、「山のなかでは何が起きてもおかしくない」という意識を持ち続けることが大切だ。夏山では、遅くとも午後3時には山小屋なりテント場に到着していてほしいし、そう考えると朝は早発ちを基本にしてほしい。なんなら、朝はヘッドランプをつけて出発する、そのくらいの気持ちを常に持っていてほしいのだ。
「そう考えると、やはり融通がきくテント泊をお勧めしたいです。山の中では融通を利かせないといけません。だって自分をコントロールすることはできても自然をコントロールすることはできないのですから。どこでも寝られるように、どこでも安全を確保できるように、衣食住の装備を担いで歩くのが当たり前という意識をもっていてほしいし、それができる体力を培ってほしいと思います」
ガイドに愛されるシンプルさとタフネス
「衣食住の装備を担いで歩く」といっても、重さに対して不安感を募らせる人は少なくない。そんな人にこそ、「荷重がうまく分散されるバックパックを選んでほしい」という。

「たとえばグレゴリーのバックパックは荷物の負荷が肩、腰、背中に分散されるから、重量を感じづらい。そのバランスの良さが、背負い心地の良さにつながっているのだと思います。グレゴリーは昔から『バックパックは着るもの』という考えのもとに製品を開発していますが、バリエーションルートを14時間行動し続けるような日にはそういう哲学をリアルに体感できます」

島田さん自身は、たとえばヒマラヤの遠征や日本の冬山テント泊ではデナリを、日本アルプスでの数日間の縦走ではバリセードを、というように、用途や目的地によってバックパックを使い分けている。

「グレゴリーのバックパック全般にいえることは、シンプルに使え、ガイドがガンガン使ってもヘタレないほど丈夫であること。生地もタフで、岩やブッシュで手荒く扱っても破れたことがありません。昔ながらのバックパックの良さをベースに、現代的にアップデートしたディテールがうまく共存している。

そうしたラインナップのなかで、丈夫さを担保しつつも無駄を削ぎ落として軽量化を実現しているのがアルピニスト。“アルピニスト”という名前の通り、バリエーションルートではとくに使いやすいバックパックです。開閉が素早くできる一本締めも使い勝手がいいし、取り外しができる雨蓋はバックパックの上に寝る時や貴重品だけを持ち歩きたいときに重宝します」
アルピニストのようなシンプルな一気室や大型のバックパックではパッキング術が大切。ここで島田さんのスマートパッキングのコツをご紹介しよう。

「テント泊の荷物をパッキングするとき、雨具、食料、寝具、衣類、ツェルト、行動食、クッカーといったさまざまなギアを、ギアの種類ごとにスタッフサックに詰める人は少なくないでしょう。スタッフサックのスマートな使い方は、パンパンに詰め込まず、容量の2/3ほどを目安に詰めること。スタッフサックの形を変えられるのでバックパック内部の隙間を埋めやすく、取り出しやすくなります。また、中身ごとにスタッフサックの素材を変えておくと手触りだけで中身を判断できるので、バックパックの奥底から目当ての袋を取り出しやすくなります」
荷物が多くなりがちな長期の縦走で重宝しそうな、島田さん流パッキングのTIPS。デナリ、バルトロといった大型バックパックを使う山行に、ぜひお試しあれ。
Text: RYOKO KURAISHI
Photo: HAO MODA