雪山でのリスクマネジメントを考える
旭立太 自然への畏敬の念をもって山に入ろう
2024.02.05
山岳ガイドおよびバックカントリーガイドとして、岐阜県の山々を中心に活動する旭立太さん。安全かつ充実した山行のサポートをすべく幅広い山域でガイディングを行う傍ら、自身も滑り手として多彩なフィールドへ出かけ、その魅力を発信している。シビアなリスクマネジメントが問われる雪山において、旭さんの安全意識の高さが広く支持されており、セミナーや講習会で講師を務めることもしばしばだ。今回は、バックカントリーでの滑走におけるリスクマネジメントの基本を伺った。
雪崩のハザードとリスクマネジメント
雪山でのリスクというと、多くの人が雪崩を想像するだろう。雪崩のリスクは、一つひとつのハザードに対してマネジメントを行うことが大切だと旭さんは言う。
リスクとハザードは混同されがちだが、ハザードは危険要因で、そこに曝され生じるものがリスクという関係。たとえば、凍傷というリスクに対して、低温、濡れ、風といった個々の危険要因がハザードという関係になる。こうした一つひとつのハザードに対して、個別に対策を考えることが、リスクマネジメントのポイントになる。
「雪崩のハザード、つまり危険要因は次に挙げる3つです。
①雪崩地形
②不安定な積雪
③人(行動)
これらのハザードにさらされることでリスクが生じます。わかりやすくいうと、雪崩地形(ハザード①)の中に人が入る(ハザード③)、これで少なからず雪崩のリスクが生じます。ですから、①〜③のような雪崩のハザードがある場所に入っていく時には、なにかしらのマネジメントが必要なんです。
どういう状況でどういう行動を取るかはハザードの大きさによって変わりますが、まず、②のように積雪が不安定すぎる時は、行かない・入らない。とはいえ、積雪というのは自然のことなので、局所的に積雪が不安定であるというように、判断が難しいケースも少なくありません。斜度が急な面となだらかな面があるなら、斜度が緩い地形を。複雑な地形よりもシンプルな地形を選ぶ、というように、地形でマネジメントします。積雪の安定度は常に変化しますが、地形は変化しないからです」
では、具体的にはどのようにフィールドを選ぶのが良いのだろうか。
「まず、その人のレベルに合った場所であることが第一です。その上で、自分のしたい事を考えて山を選びますよね」
速やかな行動がリスクを減らすことにつながる
さらに、ハザードに曝される時間と量を少なくする事がリスク軽減の鍵だという。
「休憩する時や止まる時は雪崩地形を外す。雪崩地形に入る人数を最小化する事で被害を小さくできますし、雪崩に遭遇しなかった者がレスキューを行えるので生存救出の可能性を上げます。
また、『スピード=安全』という考え方もあります。つまり、危険な場所(ハザード)にさらされる時間をなるべく少なくすることで、安全を担保しようというわけです。雪崩地形内ではスピーディーに行動する。これは危険に曝される時間を減らすことに繋がります。
ですから、体力のある・なしやレベルに関わらず、スムーズに行動できるか、もしくはそういう意識があるかという点が重要だと言えるでしょう。
スムーズに行動できるとは、道具を準備する、レイヤリングを調整するといった行動でも問われます。たとえば、ハイク中に何度か小休止を取りますが、その間にレイヤリングを調整して水分や行動食を取るという方もいれば、5分程度の休憩では何もできないという方もいる。休憩時間が1分、2分と延びればトータルの行動時間も増えていきます。バックカントリーにおいては、なるべく良いコンディションの内に目的の場所にアクセスしてぱっと滑って、さっと戻るというスタイルが好ましい。登山においても同じですね」
© Ayumi
© Arata Suzumura
スムーズに行動するとはつまり、起こりうるさまざまなシーンを想定しながら行動するということなのだが、突き詰めればそれは「生活技術」なのだ。日常生活や仕事において効率のよさを求めている人は、普段の習慣や行動の置き換えでものごとを進められるだろうし、そうでない人は、常日頃から効率を意識するようなマインドシフトが必要かもしれない。
「雪山に入る場合はそのような生活技術に加え、『管理されていない自然に入っていくんだ』という意識をもっていただきたいと思います。バックカントリーを滑る際は、スキー場の管轄下ではなく山岳であるという認識で行動する、ということです。山では沢に穴が空いていたり、斜面の先に崖があったりという危険をはらんでいますから、スキー場のように全開で滑る、というわけにはいきません。『この先になにかあるかもしれない』と思うと、自ずと力を抑えて滑りますよね? バックカントリーではそういう意識が大切です。それはつまり、自然に対する畏敬の念とも言い換えられるかもしれません」
© Shin Otsuka
いつも「まっさら」な気持ちで
ガイドという仕事柄、おなじみの山域、よく出かける斜面という「ホーム」は自ずと出てくるもの。たとえ「ホーム」であっても気を緩めることなく、初めて行く山のようにまっさらな気持ちで臨むのも、旭さん流のリスクマネジメントだ。
「いわゆるルーティンのような、いつも同じという行動パターンを持たないようにしています。もちろん、山で必要なアクションに関して繰り返し行うことはありますが、行動パターンを同一にしない。常に初めての気持ちで臨むほうが楽しいということもありますが、自然に対して『いつも同じ』はあり得ないと思っているからです。自然のフィールドでは、その場その都度、適切な行動を考える・取ることが、不可欠ではないでしょうか。
バックカントリーや登山を行う人のモチベーションは、まっさらな斜面を滑りたい、難しいところに挑戦したいというようにさまざまですが、僕が楽しいなと思うのは自然とリンクできた瞬間です。もちろん、わざわざ雪山にでかけずとも、天気のいい日に外で昼寝したり、旬のフルーツを頬張ったりするだけでも自然とつながることはできます。けれどもさまざまな条件下の雪山で、自分が自然と一体化したように感じる瞬間は格別。これこそ、バックカントリーの醍醐味だと思っています」
旭さん流のパックの使い分け術
春夏秋冬を通じて自然とリンクする瞬間を満喫している旭さんがフィールドで愛用しているのが、アルピニスト、アルピニストLT、ターギー、ベルテという4つのバック。それぞれ、シーンや用途に応じて使い分けている。
「登山に関しては、基本的にアルピニストLTを使っています。一方、アルピニストは雪がつきにくくアックスやクランポンの摩耗にも耐える素材で、外側にアックスを収納できるなど、雪山での使用を想定した機能になっていますから、雪山で荷物が多い時やクライミングをメインにした山行ではアルピニストを。行動や目的に応じて使い分けをしています。
アルピニストとアルピニストLTの良さは、とにかくシンプルであること。外にポケットなどがなく、雨蓋も取り外し可能で、中にものを入れて全体を締め上げるだけ。だからこそ使い勝手がいい。また、フィット感にも優れています。重い荷物を背負う時以外、登山のときはウエストベルトを外してしまっていますが、それほどフィット感がいい。こうした点を気に入って愛用しています」
一方、滑るシーンで愛用しているのがターギーとベルテだ。
「滑るときにメインで使っているのが、滑りに特化した機能を搭載したターギーです。背面アクセスが可能で、アバランチギアやスノーツールが本体に干渉しない場所に収まるようになっています。バックカントリーで必要なツールを取り出しやすいようレイアウトされていて、そこが特にいいですね。ガイド山行ではアバランチギアに加えて、ロープ、ファストエイドキット、レスキュースレッド(簡易的な担架になるギア)、リペアキットなどを携行しますが、重くかさばる装備を入れても動きやすい。欲を言うなら、スノーボード専用のキャリーがオプションであるといいなと思っています。グレゴリーが開発されている北米ではスキーやスプリットボードが中心で、スノーボードを装着してスノーシューでハイクアップするユーザーは少ない。ユーザー人口を考えると仕方がないのですが、スノーボードを装着したときの安定感がさらに向上すると、言うことなしですね」
新作・ベルテの使い心地は?
「新たに登場したベルテは、より軽快に滑りを楽しみたいときのためのパック。ガイド装備を持って奥地へいくというよりは、ハイクの行程が少ない、滑り重視の山行に最適です。昨シーズンはテストで使っていましたが、ガイド装備をミニマムにすることでガイド山行にも対応しました。
造作もコンパクトですが、いちばんの特徴は伸縮性のあるウエストベルトにあります。使い初めはゴムが伸び切って使えなくなるのではと心配しましたが、まったくそんなことはなく、むしろ動きやすさが向上し、パックを背負っていることを忘れるほどの背負い心地をかなえています。18リットルと24リットルの2モデルがありますが、18リットルであれば子どもを連れてスキー場で滑る時、子どもの道具をあれこれ持っていくときにちょうどいいですね。アバランチギア+αくらいの容量があるので、登攀用具を持たずリフトアクセスでバックカントリーエリアを滑るときにもおすすめです」
もう一点、ベルテの良さとして付け加えたのが、PFCフリーであること。グレゴリーでは既存のモデルも順次、PFCフリーに切り替えているが、新作のベルテは誕生時からPFCフリーを謳っている。
「自然に関わる仕事、遊びに従事しているからには、なるべく環境に負荷をかけない作りのギアを選びたいと思っています。時代の流れを受けてPFCフリーにした点も好感度のポイントです」
滑りやクライミングの動きを妨げないデザイン
用途やシーンに応じてパックを使い分ける旭さんがもっとも重視するのが、フィット感および動きを妨げない形状・デザインだ。
「スキー、スノーボードやクライミングでは、腕を動かしたり上体を捻るという動きが生じますが、愛用する4モデルはいずれも、こうした動きを干渉しない形状になっています。これがもし横長の形状だったら、パックが揺れ、安定感が損なわれますが、アルピニストのようなテクニカル系のモデルはスリムな形状になっているので動きを妨げないのです。
ベルトの作りもよく考えられています。重い荷物を背負うときは、幅広のウエストベルトを締めて骨盤で荷物を支えますよね?安定感のあるウエストベルトはグレゴリーの大型バックパックの特長ですが、スキーやスノーボード、クライミングにおいては、骨盤を締めてしまうと動きが妨げられてしまうんです。ですからテクニカルなパックのウエストベルトは、しなやかな素材でねじれが生まれやすく動きを妨げない、腰を支えすぎない形状になっています。ショルダーハーネスも、ゴツすぎると腕が動かしにくくなるので、そのあたりも考えられていると思います」
グレゴリー製品全般に対して、「想定されているアクティビティに求められる動きに応じて、必要な機能を最適なデザインに落とし込んでいる」、そう評した旭さん。このようなアクティビティ先行の造りのよさが、プレイヤーでもあるガイドに支持される理由なのだろう。
© Gaku Harada
Text:RYOKO KURAISHI