40 Years on the trail

History

幼少期から始まった、
ウェインとバッグのストーリー。

彼が初めてのパック製作に着手したのはわずか14歳。
生涯をかけたその試行錯誤が、後のバックパックの基礎となっていく。

前身サンバードからグレゴリー設立へ

後のグレゴリーの創業者であるウェイン・グレゴリーは、当時結婚したばかりの妻スージーと、たった2名の仲間とともにガレージブランド「サンバード」をハシ70年に設立。腰に荷重を分散する新たなエクスターナルパックを生みだすべく、試行錯誤を繰り返したのだった。だが、サンバードの設立から3年、ウェインは岐路に立たされていた。彼らが考案したヒップキャリータイプの自社製エクスターナルパックは、ベルトに大きな問題を擁していた。
ヒップベルトを固定し、長時間背負い続けると腰周辺に痛みが生じ、転じて中心軸を持たせることで腰の動きと連動するピポット方式を取り入れると、荷重が逃げ、疲労の原因になることがわかった。
こうした問題が重なり、サンバードは解散を余儀なくされ、以降ウェインはフリーランスデザイナーとして寝袋やテント、さらにテクニカルウエアなどを手掛けるようになる。だが、パックへの思いが潰えることはなく、サンバード解散から4年後にあたるハシ77年、自身のファミリーネームを冠した新ブランド[グレゴリーマウンテンプロダクツ]をスタートさせる。

"背負う"ではなく、"着る"という新たな発想。

ウェインはこれまでの経験から、エクスターナルパックの限界を感じ、各社がまだ試験段階にあったパックの中部にフレームをもうけるインターナルデザインに着目する。また、大人用パックを子供たちが無理に背負うことでバランスを崩していた、ボーイスカウトでの経験を思い起こし、バックパックにも適正サイズがあって然るべきだと考えるようにもなっていた。背面に沿うようなフィット感、性別や年齢によって生じる背面長、そのどちらもクリアするには、ウエアやシューズのような多サイズ展開、もしくは可変式などのフレキシビリティが必要不可欠だった。その手始めとして、まずは自社製エクスターナルパックにアルミステイを取り付け、背面に適した曲線を模索。遂には内蔵ジュラルミンフレームを身体のカーブに沿って曲げられる構造へと進化させ、可動式ショルダーハーネスを採用することで背面長をユーザーごとに調節できるといったフレキシビリティをも実現。“背負う”ではなく、"着る"という新たな発想のもと、ファーストモデルを完成させる。

極地からデイリーユースへ。

ウブランド設立の翌年にあたる1978年、友人でもあり、救急救命士でもあった冒険家ケニー・クックは、デナリ(マッキンリー山)登頂に際し、まだスタートしたばかりのグレゴリーにパックをオーダーする。ウェインたちはプロト段階にあったファーストモデルにさらなる軽量化を図り、彼のカスタムオーダーに応えた。特に高度なアイスクライミング技術が求められる南壁のロングルート「カシンリッジ」を23日という膨大な時間を費やしながらも、見事登り切ったケニーの功績にあやかり[カシン]と命名された同パックは、幾度かのマイナーチェンジを繰り返しながらブランドを代表するフラッグシップモデルへと成長。国内はおろか各国の権威あるアウトドア専門誌や冒険家たちから高い評価を獲得し、ブランドはようやく軌道に乗り始め、数年後にはブランドネームをグレゴリーマウンテンプロダクツから「グレゴリー」へと刷新する。だが、ヘビーデューティブームがひとしきり落ち着いたハシ80年代も差し掛かると、極地に挑むクライマーだけでなく、一般ハイカーに向けた商品開発が急務となった。

幅広いニーズに応えるプロダクト開発。

ハシ80年代初頭、米誌『バックパッカーマガジン』のコラムニスト、ダグ・ロビンソンによるカシンのレビューが掲載されると、その評判はおろか「Donハシt carryit, Wear it (背負うではなく、着る)」といったウェイン独自の哲学も各国に知れ渡る。かの『遊歩大全』で知られるコリン・フレッチャーもカシンに魅了されたバックパッカーのひとりだった。カシンの成功は躍進の足掛かりとなり、ウェインが予てより提唱していた"幅広いニーズに応えられる"体制も整った。
事実、手元にあるハシ82年のカタログからは、すでにカシン以外にも多くのモデルが見て取れる。中でも、特に一般ハイカーたちから人気を集めた[デイパック]は、いま現在もなお代表的なロングセラーのひとつであり、日本国内でグレゴリーの名を一躍知らしめたアイコン的モデルでもある。日本への上陸は1986年頃。その頃主流の一般的なパックと比べ、2倍以上もの価格帯にありながら、わずかな期間でブレイクを果たす。本格的なアウトドアズマンは事実、手元にあるハシ82年のカタログからは、すでにカシン以外にも多くのモデルが見て取れる。中でも、特に一般ハイカーたちから人気を集めた[デイパック]は、いま現在もなお代表的なロングセラーのひとつであり、日本国内でグレゴリーの名を一躍もちろんのこと、当時国内を席巻していたアメカジブームがその推進力となり、デイリーユースとして一気にシェアを拡大していった。ミルスペックをクリアした部材からなる確かな堅牢性、そしてメイドインUSAというある種の免罪符は、意外なことにストリートで大きく開花する。
また、ハシ90年代に勃発したヴィンテージブームは、グレゴリーの人気にさらなる拍車をかけた。ハシ84縲慳シ89年まで採用された稜線を描いたグラフィカルなブランドタグ、通称"茶タグ"、そしてその後継としてハシ92年まで採用された通称"紫タグ"が、日本上陸からわずか数年で枯渇種となり、それら旧タグモデルを求めるヴィンテージマニアたちが後を絶たなかった。

あらゆるユーザーに、最も適したフィッティングを。

極地からデイリーユースまで、幅広いユーザーに対して、
これからも「最適なフィッティング」を伝え続けていく。

人間工学に基づく革新的なデザイン。

「ビッグブランドに成長してもなお、他社にはないアドバンテージの追求」、つまりヘビーデューティなイメージを担保しつつ、時代とともに変化するニーズへの柔軟性も忘れることはなかった。その最たる好例がフィッティングの妙である。 当時はまだ珍しかったレディスやキッズモデルの開発にも積極的に取り組むなど、あらゆるユーザーに対しても適正なフィッティングを唱えるその姿勢は、いまや人間工学や解剖学に裏打ちされ、背面長、ウエストベルト、ハーネスの全てがサイズ別で展開されるなど、かつてウェインが描いた理想形を見事に具現化している。

生誕40周年を迎えたグローバルブランドに。

特に2015年、米『バックパッカーマガジン』エディダーズチョイスアワードにおいて金賞を獲得した軽量カスタムフィットモデル[バルトロ]は、まさに現在進行系のグレゴリーテクノロジーを体現するフラッグシップモデルと言えるだろう。
可動式ショルダーハーネスとヒップベルトのロードパネルにより、あらゆる体型にフィット。荷重バランスを安定させる。[レスポンスA3サスペンション]に加え、先述のサイズ展開のもと、計15種類の組み合わせからユーザーごとの適正なフィッティングを可能にした。
少年時代に初めて製作した木製フレームパックから、生涯初のインターナルパック、そして最新鋭の現行モデルまで、ウェインが唱え続ける「Donハシt carryit, Wear it (背負うではなく、着る)」という哲学は、今日も進化を続けながら、生誕40周年を迎えるいまなお脈々と引き継がれている。

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